「治る」を期待せず、「いいふう」になることを目指す

CS60ルルドの新開です。
最近は蒸し暑くなり、マスクをするのも辛くなってきましたね。

さて、今回は「治る」というのがどういう状態かを書いてみたいと思います。
1つ、私の例を挙げます。

私は旅行に行く予定がありました。
それなのに出発の2日前のこと。

急に熱が出て、頭痛もし、起き上がることもままならなくなりました。
「どうしてこんな大事なときに限って」
「どうして身体が弱いのだろう」
旅行に行きたいのにこのままでは行けないため、焦りもありました。

前日になり、旅行会社の営業終了5分前になり、最後の検温をしました。
「これで熱があれば行かない。」

結果、熱がありました。
仕方なくキャンセルの電話を入れました。

さて、翌日になって、清々しい気分で目を覚ましたのです。
昨日までの不調はどこへやら、とても身体が軽いのです。

「こんなに元気だったら旅行に行けたのに!」と身体に悪態をつきました。

さて、ここにはどんな意味があったと思いますか?

私の師匠にこの話をすると、
「行かなくて良かったね。
行っていたら2日目に必ず事故にあっていたよ。
身体はそれを知っていたから全力で止めたんだよ」
と言われました。

えーーー、そうだったんですね!(自分のことはけっこう鈍感…)

師匠は続けていいました。
「みんなそうやって身体の声を無視して、
無理をして我がままにふるまい、
文句をいうから病気になるんだよ。
身体にとってみたらせっかく災いを防いだのに
怒られてしまったらやってられないよね。」

とのこと。
私は本当に申し訳ないことをしてしまっていたのでした。

病気が治るというのは、「痛みが消える」「不愉快な症状が消える」「病変が消える」などいろいろと良いと思えることが起きることを一般的には指すのですが、
病気をして気づくこともたくさんあります。
健康がどれだけありがたいか、
美味しく食事をとることができる幸せ、
歩ける幸せ…etc.

そういうことを気づくために病気になることもたくさんあるのです。
もしかしたら、自分自身の気づきだけでなく、周りの人にも気づかせるために病気になることだってあるのです。

だから、ほんとうに良くなるのは、必ずしも症状が消えることではないのです。
無理に病気を治しても、すぐに再発する理由がそこにあるのです。

病気が消えろ、痛みよなくなれ、
ではなく、常にそこにある思いを汲み取り、その人にとって「いいふう」になるような施術をしたいなと思っています。